
イヤイヤを習得
まだまだ咳が止まらないいっくんです~ずっとぐずぐず抱っこを要求。 今日も病院行ってきました […]
ごきげんチェアについてるプラスチックの絵本は、パタンとめくる度にティラリラリ
と電子音が鳴るしかけで、大のお気に入り
パタンパタンとすごい速さでめくるけど、それはいいから寝返りしてよ
リハビリの先生、最初は優しかったのに、いっくんがあまりにも寝返りヤル気無しなので、前回私を過保護呼ばわり(確かにそうだけど
)。
寝返りまだマグレの一回です、なんて言ったら怒られるかな、怖いなあ、と思ってたら、火曜日のリハビリの朝、またマグレの二回目
実は二回とも、横向いて布の箱をいじっていて、その箱が動いてしまったためにツルンっと寝返ってしまっただけなんだけど
で、びくびくしながらリハビリに行ったら、先生は寝返りが出来ていないことに驚きもせず、『入院が長かったから仕方ないのかね~。しかもお腹に管があるからうつ伏せが嫌なのかね~』と諦めた感じで、もう寝返りについては全く触れず、ただひたすら、お座りの練習をさせてました。
一日がかりの健診、今回はジイではなく、たまたま学校が休みだった長女が付き添ってくれました。長女は本当に面倒見が良く、気が利いて、普段からいっくんのお世話にマメマメしく大活躍してくれてます。大きな病院で、あっちこっちと移動が多い中、ベビーカー押してくれたり、いっくんをあやしたり、抱っこして、エレPまであげてくれる長女は、実は誰より使える存在…
『あぁ~、あんたを産んどいて本当に良かったよ
』と、何度も言ってしまった一日でした。
そうです、今日のブログのタイトルは、実は長女のことでした
まだまだ一年生なので、宿題嫌がったり朝登校ぐずったり、部屋も散らかし放題だけど、妹をお風呂で洗ってくれるし、とにかくお世話好き。実はいっくん、姉達を選んで生まれてきたのかもしれません。ちなみにのんびりマイペース次女は、癒し担当です…
今朝6時、いつも通り長女といっくん起床。
『いっくんお誕生日おめでとう
』って、
(σ≧▽≦)σ(/▽\)♪
キャッキャと戯れている。
パパとママもいっくんを囲んで、皆でお布団にゴロゴロしながら、『いっくん、一歳かよ~
』って、ツンツンペタペタなでなで。ケラケラキャッキャと喜ぶいっくん。次女は全然起きませんけど。
昨夜、パパが言った。『去年の今頃は、一年後にこんなに笑ってるなんて想像できなかったね
』
ああ、そうだった。娘達といっくんが笑いあったり触りあったり、こうして皆でゴロゴロイチャイチャできてること。これだけを夢見ていたNICU時代…
そんな事を考えてたら、一年間のことが走馬灯のように駆け巡り、涙が止まらなくなった。
羊水無いのに、ドンドコドコドコ人一倍元気な心音を聞かせてくれてたいっくん。
YOSHIKIかお前は
とよくツっ込んでました。
下からスルッと出ないように、両手両足横に伸ばして突っ張り、パパの誕生日越えるまで粘ったいっくん。パパを越える男になるぞ
横に伸びてたおかげで、ママのお腹はグロテスクな傷痕の残る縦切り。
でも勲章、楽勝、これ一生
今日は幼稚園で、皆が代わる代わるいっくんを抱っこしてくれて、おめでとう
って言ってくれて、ホントに嬉しかった
随分前にいただいていた、ぐるり360℃におもちゃが付いてる、ご機嫌チェア(品名わからず)を皆で綺麗にして、いっくんに誕生日プレゼント(^o^)
寝返りはあれ以来一向に打たないが、寝かされてるのが嫌で嫌で、叫ぶいっくん。この夢のようなチェアで、新しい世界に突入です
まだまだこれから大変ないっくんだけど、皆様、今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m
去年の9月7日(火)、23週5日。
9:30採血の後、いつものように洗浄と薬の挿入…と思ったら、今までに無い結構な出血。ついにおしるしか…
血液から若干の炎症反応。子宮内感染が始まったのか…
『もしそうなら、やがて陣痛が始まり、今日中に生まれちゃう。』と言われる。
モニター付けても張りは無く、抗生剤点滴を始める。
今日で何度目だろう、そしてこれが最後かもしれない『ご主人を呼んで下さい。』
これがあるとシビアな話。ママだけで聞いたらパニくるから?1人では決断できない、決断しちゃいけない話だから?
16時、私達夫婦と産婦人科医数名、小児科医数名揃ってエコーで胎児の無事を確認して最後の面談。
後からわかったことですが、23週での出産とは…。17年前までは助からなかった命。裏を返せば、17歳までしかデータの存在しない子供達。
30数年前は28週がボーダーライン、そこまで行けばまず肺の機能は大丈夫だから。27週までに生まれた人達も、今せいぜい30代。その後のデータはありません。
そんな詳しい説明はされず、ただ、今日決断しなければいけないと。
感染が胎児に及ぶ前に、助けるか、諦めるか。明後日には24週に入るのに…
もし助けるならば、まだ固い子宮を十字に切り開く為、次の妊娠は破裂の危険があって不可能。さらにへそ下には大きな傷が残る。そこまでして助けた子の予後は…なんともいえない。
今回は諦めて、つまり陣痛を起こして下から出し、蘇生はしない。そうすれば、母体は何もなかったようにキレイなままで、次の妊娠が望める。
小児科の先生方は、頭をかきかき、『うん、今回は諦めた方が…』
私達夫婦は、もう決断をしていた。誰にも相談せず、二人だけで答えを出していた。
パパが『助けて下さい。』と言った。
奥様は?
『私はどうなってもいい、子宮が無くなってもいい、この子を助けて下さい(;o;)』
もっと何か喋ったかな?最後はもう涙でぐちゃぐちゃ。でも、母ちゃん決めたぜ
明日の朝イチで手術が決まった。
『なんなら今からでもいいんですけど』
という私の渾身のボケは全員神妙な顔でスルー。
続く